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東京地方裁判所 平成3年(ワ)13386号 判決 1993年8月05日

原告

関則之

小林稔和

小山立雄

右原告ら訴訟代理人弁護士

伊東哲夫

竹田穣

渡邉純雄

被告

野村證券株式会社

右代表者代表取締役

酒巻英雄

右訴訟代理人弁護士

山田尚

木村康則

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一被告は、原告関則之(以下「原告関」という。)に対し、金七二八八万六〇四七円及びこれに対する平成三年一〇月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二被告は、原告小林稔和(以下「原告小林」という。)に対し、金四六三三万一八〇四円及びこれに対する平成三年一〇月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三被告は、原告小山立雄(以下「原告小山」という。)に対し、金一二八二万一九五二円及びこれに対する平成三年一〇月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告らが、被告新宿駅西口支店(以下「西口支店」という。)の投資相談課長から、公開前の新規公開株の購入代金名下に多額の現金を騙し取られたとして、被告に対し使用者責任に基づく右損害の賠償を求めると共に、被告との間で委託契約が成立したとして、委託契約の解消に伴う清算金請求ないし債務不履行に基づく損害賠償を求めた事案である。

一原告らとHとの関係

1  Hについて

H(以下「H」という。)は、平成元年七月ころから、西口支店の投資相談課長の地位にあり、証券取引法六四条一項に定める外務員であったが、平成三年七月七日、被告から懲戒解雇された。Hは、同月一六日、被告から詐欺罪で告発され、その後の逮捕及び起訴を経て有罪判決を受け、現在、三重刑務所に服役中である(争いがない)。

2  原告関とHとの関係

原告関は、沼津市に在住しているところ、Hが被告の沼津支店勤務となった昭和五九年七月以降、Hと知り合い、同支店に取引口座を開設して同人を担当者として被告と株式取引等を行っていたほか、数百万円もの金を融資するなど親密な交際をしていた。そして、同人が昭和六三年七月に西口支店に異動した後も、同人を担当者として被告と株式売買等の取引をしていた(<書証番号略>、原告関)。なお、原告関の西口支店における取引口座は、平成元年一一月ころ閉鎖された(争いがない)。

3  原告小林とHとの関係

原告小林は、原告関の紹介で、沼津支店勤務のHと知り合い、昭和五九年一二月に同支店に取引口座を開設して同人を担当者として被告と株式取引等を行っていた(<書証番号略>、原告小林)。原告小林は、Hが西口支店に異動した後の平成二年九月ころ、Hと再会した(原告小林)が、原告小林は西口支店に取引口座を開いていない(争いがない)。

4  原告小山とHとの関係

原告小山は、一〇年来の知人である原告関の紹介で、Hと知り合い、平成二年四月に西口支店に取引口座を開設して被告と株式取引をしていた(<書証番号略>、原告小山)。

二原告らの主張

1  被告の不法行為責任(使用者責任)

(一) 原告関、原告小林及び原告小山は、時期は異なるが、それぞれ被告の外務員であるHから、新規公開予定株式(新たに市場売買または店頭売買の対象となることが予定されている株式)は間違いなく値上がりして儲かるから買わないか等と勧められて、これを購入することとした。

(二) 原告関は、Hの指示により、新規公開株購入代金として、被告に交付するものであるとの認識の下に、別紙一の「一 原告関の主張」欄の①ないし⑳記載のとおり、平成元年一〇月二五日から平成三年六月二六日までの間、合計二〇回にわたり、合計金一億七九三四万四五九〇円を、H指定の大和銀行新宿新都心支店のH名義の普通預金口座六八七八三九四番(以下「本件口座」という。)に振込送金するかあるいは現金をHに直接交付する方法で支払った。

原告小林は、同様に、新規公開株購入代金として、被告に交付するものであるとの認識の下に、別紙一の「二 原告小林の主張」欄の①ないし⑮記載のとおり、平成二年一〇月八日から平成三年六月二六日までの間、合計一五回にわたり、合計金一億六五五七万九二七九円を、本件口座に振込送金する方法で支払った。

原告小山は、同様に、新規公開株購入代金として、被告に交付するものであるとの認識の下に、別紙一の「三 原告小山の主張」欄の①ないし④記載のとおり、平成二年一一月六日から平成三年六月一九日までの間、合計四回にわたり、合計金六九五九万円を、本件口座に振込送金する方法で支払った。

(三) 原告関は、Hから、原告関が交付した資金により取得した新規公開株の売却代金であるとして、別紙二の一の「1 原告関の(Hからの受領についての)自認金額」欄の①ないし⑩記載のとおり、平成二年一月一九日から平成三年六月一八日ころまでの間、合計一〇回にわたり、合計金一億一三〇七万八五四三円の支払いを受けた。

原告小林は、Hから、原告小林が交付した資金により取得した新規公開株の売却代金であるとして、別紙二の二の「1 原告小林の自認金額」欄の①ないし⑩記載のとおり、平成三年一月中旬ころから同年六月二八日までの間、合計一〇回にわたり、合計金一億二三四五万七四七五円の支払いを受けた。

原告小山は、Hから、原告小山が交付した資金により取得した新規公開株の売却代金であるとして、別紙二の二の「2 原告小山の自認金額」欄の①及び②記載のとおり、平成三年一月二九日と同年三月八日の二回にわたり、合計金五七九二万八〇四八円の支払いを受けた。

(四) 新規公開株は、公開後の確実な値上がりが見込めるため取得希望者は多いが、取得方法が入札等の所定の方法に限定されており、その取得は容易ではない。Hは、このような仕組みを利用して原告らから金員を騙取しようと企て、原告らに対し、そのような事実がないのに、落札したが払込みをしない者の権利を譲渡できる等と申し向けて、新規公開株取得資金名下に前記(二)記載のとおりの金員を送金ないし交付させた。そして、Hは、詐欺行為を継続するために、取得した新規公開株を高値で売却できたかのように装い、その売却代金名下に前記(三)記載のとおりの金員を原告らに対して送金ないし交付した。

(五) 原告関は、Hの詐欺行為により、少なくとも前記(二)と(三)の差額である金六六二六万六〇四七円の損害を被った(原告関は値上がり確実との期待をもって新規公開株を購入したものであるから、登録ないし上場寄付値(初値)が株式の実質的価値であり、その合計金額が原告関の被った損害であるが、原告関はその一部請求として、右差額金額の支払いを求める)。また、原告関は、本件訴訟追行のための弁護士費用として、その請求金額の約一〇パーセントにあたる金六六二万円を支払う旨を約したから、損害額の合計は金七二八八万六〇四七円を下らない。

原告小林は、Hの詐欺行為により、少なくとも前記(二)と(三)の差額である金四二一二万一八〇四円の損害を被った(原告小林も、原告関と同様に一部請求として、右差額金額の支払いを求める)。また、原告小林は、本件訴訟追行のための弁護士費用として、その請求金額の約一〇パーセントにあたる金四二一万円を支払う旨を約したから、損害額の合計は金四六三三万一八〇四円を下らない。

原告小山は、Hの詐欺行為により、前記(二)と(三)の差額である金一一六六万一九五二円の損害を被った。また、原告小山は、本件訴訟追行のための弁護士費用として、その請求金額の約一〇パーセントにあたる金一一六万円を支払う旨を約したから、損害額の合計は金一二八二万一九五二円である。

(六) Hは、被告の事業の執行につき、詐欺行為を行い、原告らに右各損害を与えたのであるから、民法七一五条一項により、被告は、原告らに対し、民法所定の遅延損害金を付して右各損害を賠償する責任がある。

2  被告の契約責任

(一) 委託契約の解消に基づく清算請求

(1) Hは、被告の外務員であり、証券取引法六四条一項により、被告に代わって証券取引に関する一切の裁判外の行為を行う権限を与えられていた。

(2) 原告らは、それぞれ、被告の外務員であるHを介し、被告において、原告らのため、具体的銘柄及び特定数量の新規公開株の購入及びその保護預りを行い、原告らの要求があればいつでも右株式を引き渡し、あるいはこれを売却処分してその売却代金を引き渡す旨の委託契約(以下「本件委託契約」という。)を締結した。

そして、原告らは被告に対し、別紙三の一ないし三記載のとおり新規公開株の購入を委託し、その都度、右記載のとおり、株式の購入代金を支払った(以下「本件各取引」という。)。

(3) 原告らは、平成三年六月三〇日をもって、本件委託契約を解消することとし、同月二八日ころ、Hに対し、日本ジャンボを除く保護預り中の株式については同月二八日の終値をもって、また、日本ジャンボ株式については登録時(同年七月一一日)の初値をもって売却清算するよう要求した。右各清算時における各株式の市場価格相当額は、別紙三の一ないし三記載のとおりである。

(4) よって、本件委託契約の解消に基づく右清算要求により、被告は、株式売却に伴う清算金として、原告関に対し金一億五八八六万円、原告小林に対し金一億二七〇六万一〇〇〇円、原告小山に対し金一七二三万円を支払う義務があるが、原告らは、その一部請求として、請求の趣旨記載の金額及び遅延損害金の支払いを求める。

(二) 債務不履行責任

(1) 被告の外務員であるHは、原告らから、本件委託契約に基づく株式買付けを依頼されたにもかかわらず、実際には株式を購入しておらず、その保管もしていなかったから、被告には本件委託契約に基づく債務の不履行がある。

(2) 右債務不履行により原告らが被った損害は、被告において保護預り中であるとHが報告していた株式の登録ないし上場寄付値(初値)であって、別紙四の一ないし三記載のとおりである。

(3) よって、本件委託契約の債務不履行により、被告は、原告関に対し金一億六五一〇万円、原告小林に対し金一億一三四七万一〇〇〇円、原告小山に対し金一六二二万円を賠償する義務があるが、原告らは、その一部請求として、請求の趣旨記載の金額及び遅延損害金の支払いを求める。

三被告の主張

1  使用者責任について

(一) 原告関の受領金額について

Hが、詐欺行為を継続するために新規公開株の売却代金として原告関に交付した金額は、別紙二の一の「1 原告関の自認金額」に、「2 被告の主張」欄の⑪ないし⑭記載の金額を加えた、合計金一億八四三七万八五四三円であるから、原告関がその主張のとおりの金額をHに交付していたとしても、原告関には損害がない。

(二) 事業の執行

Hは被告の外務員として登録されてはいたが、Hの行為は被告の事業の執行につきなされたものではない。

(三) 原告らの悪意ないし重過失

原告らは、Hの行為がその職務権限の範囲内でないことを知っていたか、あるいは知らないことにつき重大な過失があった。

2  契約責任について

(一) 原告らは、証券取引法六四条一項の適用を主張するが、そもそも新規公開株は同法二条一項及び二項にいう「有価証券」ではないから、同法六四条一項の適用はなく、したがって、本件委託契約の成立はない。

なお、Hは、被告の外務員として登録されてはいたが、原告関においては平成元年一一月ころ、西口支店の取引口座が閉鎖され、原告小林においては西口支店における取引口座が存在しないから、Hの行為により原告らと被告との間で委託契約が成立する余地はない。

(二) 原告らは、本件委託契約の債務不履行を主張するが、証券会社が顧客から委託を受けて顧客の計算において有価証券の売買を行う業務は商法上の問屋営業であるから、問屋にあたる被告は、新規公開株の購入代金を原告らから受け取っていない以上、原告らに対し、売却代金等の金員を支払う義務はない。

(三) 原告らは、新規公開株の購入代金をHの個人口座に振り込んだり、Hに対して謝礼を支払ったりしているものであって、原告らのHに対する新規公開株購入、保管、売買等の委託は、H個人に対するものというべきである。

(四) 原告らは、Hの行為が被告の外務員としての権限の範囲内でないことを知っていたか、あるいは知らないことにつき重大な過失があった。

四主要な争点

1  不法行為責任について

(一) Hの行為は、被告の事業の執行についてのものか。

(1) Hの行為は、外形上、被告の事業の執行の範囲内のものか。

(2) Hの権限外の行為であることについて、原告らに悪意ないし重過失があったか。

(二) 原告らの損害の有無及び金額。

2  契約責任について

(一) 原告らと被告との間に本件委託契約が成立したか。

(二) 原告らの損害の有無及び金額。

第三争点に対する判断

一事実関係

原告らとHとの関係は、前記第二の一のとおりであるが、証拠(<書証番号略>、証人大熊、同H、同村上、原告関、原告小林、原告小山)によれば、以下のとおりの事実が認められる。

1  Hは、西口支店の投資相談課長(営業部門では支店長の次の地位にあると原告らに説明。)としての立場を利用して、原告らから金員を騙し取ろうと考え、原告らに対し、新しく会社が上場する際の新規公開予定株は必ず値上がりするから、その取引をしないか等と勧めた。

その際、Hは、新規公開株の取得方法として、競争入札と公募の二つの形態があるが、入札分については倍率が高いから第三者の名義も多数使用して落札するし、公募分については被告が幹事証券会社であって十分な量の公募株の割当てがあるから、いずれの場合でも新規公開株の取得は確実である、そして、その購入代金については、H個人名義の本件口座に振り込んでもらえれば、Hの方で新規公開株を取得して、保管、売却の上、原告らにその売却代金を交付すると説明していた。

2  これを受けて、原告らは、Hに対し、新規公開株の購入代金として、後述する金額を、H名義の本件口座に振り込むか、あるいは直接Hに交付して支払った。ただし、振込依頼人欄には「H」ないし「本人」と記載するようHから指示されていたため、原告関と原告小林はその指示に従った。なお、原告らはいずれも、具体的振込金額等については、主として電話で打合せており、直接西口支店に赴くことはなく、Hと直接会うのは、西口支店付近の喫茶店においてであった。

原告関がHに支払ったものと認められる金額は、別紙一の「一 原告関の主張」欄記載の金額のうち、①ないし⑭並びに⑰ないし⑳の合計金一億四四三四万四五九〇円である(<書証番号略>)。なお、原告関はこれ以外にも支払った旨主張するし、その趣旨の陳述書(<書証番号略>)及び供述が存在するが、同欄記載の⑮及び⑯についてはHの警察官に対する供述調書(<書証番号略>)及び証言に照し、その支払いは認め難い。

原告小林がHに支払ったものと認められる金額は、別紙一の「二 原告小林の主張」欄記載の金額のうち、①につき原告関が支出した金額を控除した残金六四〇万円(<書証番号略>)、②につき原告小林の母が支出した金額を控除した残金七五〇万円(<書証番号略>)並びに③ないし⑬(<書証番号略>、証人大熊、原告小林)の合計金一億四五四三万九二七九円である。なお、原告小林は、右記載の⑭及び⑮につき、新規公開株を買いつけるとの話に基づいて、藤井が支出した金三〇九万円と、同じく名取が支出した金三一五万円とを、原告小林が代わって返済しているから、これらの金額も損害であると主張するが、それらの返済はあくまで藤井や名取にHを紹介した責任をとるために行ったにすぎないから(原告小林)、原告小林のHに対する支払金額ではない。

原告小山がHに支払ったものと認められる金額は、別紙一の「三 原告小山の主張」欄記載の①ないし④の合計金六九五九万円である(<書証番号略>、原告小山)。

3  これに対し、Hは、新規公開株を購入していないのに、これを購入して高く売却したかのように装って詐欺行為を継続するため、原告らに対し、新規公開株の売却代金であると称して、次のとおり金員を交付した。

原告関は、別紙二の一の1記載の①ないし⑩のとおり、合計金一億一三〇七万八五四三円をHから受領したことを自認している。これに対し、被告は、別紙二の一の2記載のとおり、原告関の右自認金額に加えて、⑪ないし⑭の金額の受領を主張し、Hの警察官に対する供述調書(<書証番号略>)及び証言中には右主張に副う部分もあるが、原告関の供述に照らし採用し難く、他に被告の主張を認めるに足りる証拠はない。

原告小林は、別紙二の二の1記載の①ないし⑩のとおり、合計金一億二三四五万七四七五円をHから受領したことを自認しているから、右金額を受領したものと認められる。

原告小山も、合計金五七九二万八〇四八円の受領を自認しているところである。

4  さらに、Hは、現実には新規公開株を取得していないにもかかわらず、取得して売却したかのように見せかけるため、何回かの取引をまとめたかのように装った取引報告書を原告らに交付していた。これらの取引結果は「野村證券株式会社」のネームの入った便箋に、取引手数料を差し引いた金額で記載されていたが、いずれもHの手書きによるものであり、しかも鉛筆書きだった(<書証番号略>)。また、当然のことながら預り証も交付されていなかった。

二被告の不法行為責任について

1 民法七一五条一項の使用者責任が成立するには、被用者が使用者の「事業の執行に付き」不法行為を行うことが必要であるが、被用者のなした取引行為がその行為の外形からみて使用者の事業の範囲内に属するものと認められる場合でも、その行為が被用者の職務権限内において行われたものではなく、しかもその行為の相手方が右事情を知り、また少なくとも重大な過失により右事情を知らないで当該取引をしたと認められるときは、その行為に基づく損害は事業の執行につき加えた損害とはいえない(最高裁判所判決昭和四二年一一月二日民集二一巻九号二二七八頁)。

2 これを本件について検討すると、前記第二の一及び第三の一記載の各事実によれば、Hは、被告の外務員(西口支店投資相談課長)の立場を利用して、原告らに対し、新規公開株の取引をもちかけて、購入代金名下に多額の金員を騙し取っていたにすぎないものであって、職務権限の範囲内に属するものとは認められないが、一般に、証券会社の行う新規公開株の入札申込みの取り次ぎ及びその公募は、証券会社の事業の執行の範囲内にあると考えられるから、Hの行為は、その外形からみて被告の事業の執行の範囲内に属するものと認められる。

3 そこで、本件において、原告らが、Hの行為が職務権限外のものであることを知っていたか、あるいは知らなかったことにつき重大な過失があったか否かが問題となる。

この点につき、原告らは、被告が証券業界トップの会社であること、Hが被告の西口支店において支店長に次ぐ地位にあると聞かされており、相当な裁量権限を有しているものと考えられたこと、現に、本件各取引の結果として、多額の金員が原告らに支払われていたこと、Hから交付された取引報告書でも、被告の手数料が差し引かれており、被告との取引であるとの体裁がとられていたこと等から、本件各取引が、原告らと被告との間のものであると信じていたものであり、悪意も重大な過失もなかったと主張するので、これを検討する。

前記第三の一で認定した事実及び援用した各証拠によると、①原告らは、Hから、新規公開株の取得方法として、競争入札と公募の二つの形態があるが、入札分については倍率が高いので、第三者の名義も多数使用して落札するから、新規公開株の取得は確実であるとの説明を受けたというが、証券会社である被告は、自己の計算において入札することも、入札申込みをすることも禁じられており、被告が落札者となり得るものではないから、Hの右説明それ自体から、被告が本件各取引の相手方たり得ないことを知り得たはずであること、②原告らは、Hの指示により、購入代金を、被告の口座ではなく、H個人の口座に振り込んでおり、しかも原告関と原告小林は、振込依頼人欄に何回も「H」ないし「本人」と記載しているが、被告との間の取引であれば、そのような配慮をする必要性は全くないこと、③原告らは、Hから、多数の取引をまとめた取引報告書を受け取っているが、それは、原告らが、通常の取引で受け取っていたものと異なり、鉛筆書きであって、被告のような大証券会社の正式文書とは到底思われないこと、④本件各取引が成立すれば、原告のため保護預り証が交付されてしかるべきであるが、原告らに対し、その交付がなされていないこと、⑤本件各取引に関し、原告らからH個人に対し、相当額の謝礼が支払われたことが窮われること(ただし、原告小山については渡辺明子による支払いである。<書証番号略>、証人H、同村上)、⑥原告らは、本件各取引に関し、Hと打ち合わせる際、被告の店舗ではなく、付近の喫茶店を利用していること、が認められる。

原告らは、右①の点について、Hの説明に問題があることを知らなかったというが、Hの右②ないし④等の言動から疑問を抱き、調査をすれば、容易にその欺瞞を見破り得たはずである。また、原告らは、右②ないし④の点について、他人の名義を使って申込みをしている関係で、そうなったにすぎないと信じたというが、取引の相手方の口座への振込みが憚られ、正規の取引報告書や預り証の交付もされないような取引が正常なものでないことは明らかである。正常な取引なら、Hにおいて、原告らから謝礼を受け取る謂れもないであろう。

以上によると、原告らにおいて、本件各取引がHの職務権限外の行為で、被告に知られては困る取引であることを知っていたものと推認することができる。原告らは、、本件各取引が、被告に知られては困る取引であることを知りながら、Hとの従来の誼から、同人が原告らに対して便宜をはかり、利益をもたらしてくれるものと誤信し、本件各取引に及んだものというべきである。Hの「(新規公開株は)裏で手に入れたもので、正規の扱いができない。会社も知らないことだ。会社に知られたら私が首になる。」といって原告らを説得した旨の検察官に対する供述調書(<書証番号略>)や、婉曲的ではあるが同趣旨の証言(証人H)も、右認定を裏付けている。

4  したがって、Hの行為によって原告らの主張するような損害が生じたとしても、それは被告の事業の執行についての損害ではない。

よって、被告の不法行為責任は認められない。

三被告の契約責任について

1 証券取引法六四条一項は、「外務員は、その所属する証券会社に代わって、その有価証券の売買その他の取引(中略)に関し、一切の裁判外の行為を行う権限を有するものとみなす。」と規定しているが、これは、外務員の包括的な代理権を擬制することによって、投資者の保護をはかったものである。

2  この点、被告は、新規公開株は、証券取引法二条一項及び二項にいう「有価証券」ではないから、Hの行為が同法六四条一項にいう「有価証券の売買その他の取引」に該当する余地はないと主張するが、新規公開株が右にいう「有価証券」に該当するか否かはさておき、以下の理由により、本件各取引は同法六四条一項の適用を受けないものと解すべきである。

すなわち、第三の一及び二で認定したとおり、本件は、原告らが、本件各取引がHの職務権限外の行為であって、被告に知られては困る取引であることを知りながら、Hとの従来の誼から、同人が便宜をはかってくれるものと誤信し、本件各取引をしたとみられる事案であって、投資者の保護を目的とした同法六四条一項の保護に値しないことは明らかである(同条二項)。

以上により、被告の契約責任も認められない。

(裁判長裁判官佐藤康 裁判官佐藤嘉彦 裁判官釜井裕子)

別紙一

〔原告らの主張する羽生田への支払金額〕

一 原告関の主張

〔支払方法〕

平成元年10月25日

金1500万円

振込

11月8日

金1730万円

振込

12月15日

金826万3090円

振込

12月22日

金616万円

振込

平成2年3月7日

金1900万円

振込

3月ころ

金514万円

現金

4月25日

金416万円

振込

5月7日

金505万1500円

振込

6月29日

金301万円

振込

7月19日

金839万円

振込

7月23日

金840万円

振込

7月31日

金1600万円

振込

11月15日

金720万円

振込

12月27日

金250万円

振込

平成3年1月20日ころ

(もしくは平成2年)

金500万円

現金

平成3年3月10日ころ

(もしくは平成2年)

金3000万円

現金

平成3年5月10日

金580万円

振込

5月22日

金292万円

振込

6月7日

金387万円

振込

6月26日

金618万円

振込

合計金1億7934万4590円

二 原告小林の主張

〔支払方法〕

平成2年10月8日

金1280万円

振込

11月9日

金1500万円

振込

11月30日

金1300万円

振込

平成3年1月21日

金1200万円

振込

1月22日

金400万円

振込

平成3年3月5日

金2600万円

振込

4月4日

金900万円

振込

4月23日

金900万円

振込

5月10日

金2000万円

振込

5月31日

金1170万円

振込

6月10日

金1499万9279円

振込

6月17日

金184万円

振込

6月25日

金1000万円

振込

6月26日

金309万円

振込

同日

金315万円

振込

合計金1億6557万9279円

三 原告小山の主張

〔支払方法〕

平成2年11月6日

~11月9日

金1436万円

振込

12月6日

金3245万円

振込

平成3年4月5日

金1929万円

振込

6月19日

金349万円

振込

合計金6959万円

別紙二

一 原告関の羽生田からの受領金額

1 原告関の(羽生田からの受領についての)

自認金額

平成2年1月19日

金1000万円

5月11日

金371万0224円

7月18日

金525万8319円

平成3年1月21日

金2800万円

4月3日

金1000万円

4月25日

金1300万円

4月26日

金1000万円

6月3日

金321万円

同日

金2390万円

6月18日ころ

金600万円

合計金1億1307万8543円

2 被告の主張

原告関の自認金額以外に

平成2年4月20日

金2000万円

5月ころ

金600万円

8月9日

金3240万円

12月11日

金1290万円

合計金1億8437万8543円

二 その余の原告らの(羽生田からの受領についての)

自認金額

1 原告小林の自認金額

平成3年1月中旬ころ

金1410万1766円

3月1日

金1400万円

同日

金59万2305円

3月初旬ころ

金1174万7180円

3月25日

金1057万6224円

平成3年4月11日

金1500万円

4月30日

金200万円

同日

金2800万円

6月4日

金1974万円

6月28日

金770万円

合計金1億2345万7475円

2 原告小山の自認金額

平成3年1月29日

金2336万円

3月8日

金3456万8048円

合計金5792万8048円

別紙三

一 原告関が買付委託したと主張する株式の内訳

銘柄

株式数

買付委託年月日

購入代金

3年6/28の市場価格

1

日精ASB

5000株

3年3/5

1800万円

1620万円(単価3240円)

(但し7/2の価格)

2

技研工

2000株

3年4/8

734万円

270万円(単価1350円)

(但し7/1の価格)

3

日本アムウェイ

3000株

3年4/9

1929万円

3870万円(単価12900円)

4

日本ハイパック

2000株

3年5/9

300万円

324万円(単価1620円)

5

ホリー

2000株

3年5/16

438万円

976万円(単価4880円)

6

三協エンジニアリング

1000株

3年5/17

374万円

655万円(単価6550円)

7

セブン工業

3000株

3年5/24

299万

5000円

420万円(単価1400円)

8

カナモト

5000株

3年5/29

1935万円

2720万円(単価5440円)

9

日本ジャンボ

4000株

3年6/26

1236万円

1856万円(単価4640円)

(但し7/11の登録寄付値)

10

泉州電業

5000株

1745万円

3175万円(単価6350円)

合計1億5886万円

二 原告小林が買付委託したと主張する株式の内訳

銘柄

株式数

買付委託年月日

購入代金

3年6/28の市場価格

1

日本アムウェイ

3000株

3年4/5

1929万円

3870万円(単価12900円)

2

カナモト

3000株

3年5/29

1161万円

1632万円(単価5440円)

3

泉州電業

4000株

3年6/10

1396万円

2540万円(単価6350円)

4

スコットランド電力

10万株

3年6/17or6/18

2344万

1000円

2344万1000円

(但し購入代金)

5

日本ジャンボ

5000株

3年6/24

1545万円

2320万円(単価4640円)

(但し7/11の登録寄付値)

合計1億2706万1000円

三 原告小山が買付委託したと主張する株式の内訳

銘柄

株式数

買付委託年月日

購入代金

3年6/28の市場価格

1

カナモト

2000株

3年6/4

774万円

1088万円(単価5440円)

2

泉州電業

1000株

3年6/19

349万円

635万円(単価6350円)

合計1723万円

別紙四

一 原告関が買付委託したと主張する株式の登録ないし上場寄付値(初値)

1

泉州電業

5000株→3100万円(3年6/24・単価6200円)

2

日本ジャンボ

4000株→1856万円(3年7/11・単価4640円)

3

日精ASB

5000株→1850万円(3年6月高値・単価3700円)

4

技研工

2000株→2220万円(3年4/17・単価11000円)

5

日本ハイパック

2000株→330万円(3年5/23・単価1650円)

6

ホリー

2000株→800万円(3年5/24・単価4000円)

7

セブン工業

3000株→339万円(3年5/28・単価1130円)

8

カナモト

5000株→2505万円(3年6/12・単価5010円)

9

三協エンジニアリング

1000株→810万円(3年5/24・単価8100円)

10

日本アムウェイ

3000株→2700万円(3年4/19・単価9000円)

合計1億6510万円

二 原告小林が買付委託したと主張する株式の登録ないし上場寄付値(初値)

1

日本アムウェイ

3000株→2700万円(3年4/19・単価9000円)

2

カナモト

3000株→1503万円(3年6/12・単価5010円)

3

泉州電業

4000株→2480万円(3年6/24・単価6200円)

4

スコットランド電力

10万株→2344万1000円(単価234.41円)

5

日本ジャンボ

5000株→2320万円(3年7/11・単価4640円)

合計1億1347万1000円

三 原告小山が買付委託したと主張する株式の登録ないし上場寄付値(初値)

1

カナモト

2000株→1002万円(3年6/12・単価5010円)

2

泉州電業

1000株→620万円(3年6/24・単価6200円)

合計1622万円

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